基調講演「男女共同参画の現状と課題」

講師 東京大学社会科学研究所
教授  大沢真理氏                


1.はじめに
2.男女共同参画社会とは
3.男女共同参画ビジョンの概要
4.男女共同参画社会基本法のあらまし
5.男女共同参画社会基本法制定後の動き


ご紹介いただきました大沢真理でございます。今日はこのような場にお招きいただきまして、大変光栄に存じますとともに、かくもたくさんの方々がご熱心に参加されている様子に感銘を受けております。「東大もなんとかしなきゃ」というふうに、お尻に火がつく思いでいっぱいでございます。

さて、お手元に裏表で4ページのレジュメがあろうかと思います。このレジュメに即してお話をさせていただきます。現状だけではなくて、課題というようなこともつけております。

1.はじめに

最初に申し上げたいのは、名取さんの話ともオーバーラップするのですが、少しアクセントをつけて言うとすれば、「男女共同参画」はこの間、 日本の「構造改革」の「大きな鍵」であり「大きな柱」であるということが、橋本龍太郎総理大臣以来、歴代首相によって表明されてきたところでございます。「えっ、本当?」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、本当です。

というわけで、「男女共同参画」が、日本社会の変革の「鍵」であり、21世紀日本の「最重要課題」であるということは、全党一致で成立した「男女共同参画社会基本法」の前文にも明記されています。「最重要課題の一つ」ではなくて、「最重要課題」というふうに、名取さんが強調されましたように言い切っているわけです。

2.男女共同参画社会とは

「男女共同参画社会」とは何かと言えば、簡単には私は、個人が「性別にかかわりなく」個性で輝くことができる社会であると、申し上げております。そう簡単に済まさず、法令の上、政府の審議会の文書等で、どのようなことが書かれてきたかを簡単に振り返ってみますと、法令上の定義は、これは1994年以来、政令、そして法律、基本法と引き継がれてきた「男女共同参画社会」の定義でございます。

この定義を見ていただきますと、「対等な」という言葉、それから「均等に」という言葉、それから「共に」という言葉はございますが、「平等」という言葉が入っていません。しかしながら、男女平等に関して日本国憲法が規定するところは、「法の下の平等」であり、「両性の本質的平等」でありますので、「男女共同参画」という理念と「平等」という理念は、一体どのように関係するのかということが、縷々議論されて参りました。そのことにある意味で決着をつけたというか、整理をいたしましたのが、名取さんのお話にもありました、96年7月に男女共同参画審議会が橋本首相に提出した答申、「男女共同参画ビジョン」でございます。

3.男女共同参画ビジョンの概要

ここではめざすべき男女共同参画社会の姿と、そこに至るための、それを実現するための施策の体系というものが包括的に提示されましたが、とりわけそのビジョンの最初のページを開きますと、男女共同参画とは、「人権尊重の理念を社会に深く根付かせ、真の男女平等の
達成をめざすもの」であると明記してあります。いわば男女共同参画というのは、真の男女平等を達成するうえでのプロセスであり、手段であるというふうに位置付けられたわけです。

このビジョンは2010年までを念頭に置いて、そのうえでめざすべき社会の姿、そこに至る取り組みを提示したものですから、すでに6年前の文書であるとはいえ、いまだに生きているというか、このビジョンの下に国の取り組みが進められているものです。

そこで中身をもう少し見てみますと、この答申の中では、当然ながら「目標としての男女共同参画」ということが高く掲げられております。そして「主要な施策は、男女共同参画を目標として男女を対象とする」。当然のように聞こえるかもしれません。しかし、名取さんの資料の中にありました1977年以来、日本政府が策定したり、あるいは改定してきた「国内行動計画」、「新行動計画」、あるいはその改定版などと、「男女共同参画ビジョン」およびビジョンに基づいて定められた「男女共同参画2000年プラン」を比べてみますと、明らかに大きな違いがあります。

すなわち、それ以前の計画は、女性の地位の向上、あるいは女性の福祉の増進ということを目標として、女性を対象とする施策で大部分成り立っていました。あるいは女性と子どもを対象とする施策で成り立っていた。これに対して「男女共同参画ビジョン」以降の取り組みというのは、「男女」を対象として、「男女共同参画」を目標とするものになったわけでございます。

それから、施策の体系のトップには、「性別による偏りのない社会システムの構築」というものがまいります。これは前例のない、新しい施策のグループであるといってよろしいかと思います。それまでの「国内行動計画」では、トップには「男女平等のための意識の改革」というようなものが来ていて、その中にはいわゆる啓発事業、ポスターを作ったり、パンフレットを作ったりして、それを教育委員会などを通じて流すということが挙がっていたとすれば、この「ビジョン」以降は、社会の制度や慣行の偏り、ゆがみ、そこに着目しています。

もう少しくだいた言い方をすれば、それまでの政府の姿勢というのは、“法律や制度は平等になっている、しかしまだ格差があるとすれば、それは国民の意識の遅れによる”。このように捉えていたと言えるでしょう。ですから施策の体系のトップに、「意識の改革」あるいは「意識の是正」といったものが来ていたわけです。ところが「ビジョン」以降は、「社会制度や慣行の偏りの是正」というものが来るわけです。これはむしろ、国民の意識の方はすでに平等を求めて先に進んでいるのに、その意識をなかなか発現させない、あるいは現実のものとさせない社会の制度や慣行の偏りがある、まずそこから直そうというふうに、180度の方向転換が図られたと言ってよろしいかと思います。

「性別による偏りのない社会システム」については、取り組みの視点として、レジュメに引用したことが書かれています。念頭に置かれていた制度は、たとえば夫婦に同じ苗字を名乗ることを強制している民法、それから配偶者に関係する税制や社会保障制度、そして民間の慣行としては、企業の配偶者手当などといったものが見直しの対象として挙げられております。施策の体系の中には、これ以外にもちろん、職場や地域社会や家庭でさらに男女共同参画を進めるための、さまざまな取り組みも掲げられています。

ところで、この「ビジョン」のもう一つの特徴は、いわば「手段としての男女共同参画」ということを非常に強く打ち出していることでございます。そう言うと、“人権尊重というのはいつの時代にも、またいかなる状況であっても尊重されるべきことで、それが手段とは何事だ”とお叱りを受けることもあるわけですが、しかし日本の社会が90年代後半以来、非常に大きな困難の中にあるということを念頭に置いて、そういう困難を打開する方法として、男女共同参画こそが大きな鍵になるということを、「ビジョン」は強く打ち出しました。

橋本総理が表明されたように、男女共同参画が、6大改革、あるいは構造改革というものの大きな柱、大きな鍵になるという発言も、「ビジョン」のこうした位置付けを踏まえて下さったものと思っております。

4.男女共同参画社会基本法のあらまし

レジュメの2ページ目(P.75)にまいります。ここでは、小さい字でコラムのようなものがついていますが、それは後でご覧ください。先ほどの女性の地位向上、あるいは女性の福祉の増進という取り組みから、「男女共同参画」になったということの意味を、少しかみくだいて書いてございます。「女は損だ」とか「女はしいたげられている」というアプローチが、従来のものであったとすれば、それに対して、男性たちが、「男はつらいよ」とか「しんどいよ」と口の中でもごもご言ってきたことに対して、それも本当だろうと。だれも得をしていないのだとすれば、男女が協力して社会のあり方を変えていく展望が開けるではないか、そういうアプローチであるという意味です。

次の「男女共同参画基本法のあらまし」というのは、すでに名取さんが詳しく解説して下さいました。「主流化」ということに関しては、第4条や第15条、第17条が大きな役割を果たしています。

それから、推進体制として、内閣府に「男女共同参画会議」が設けられましたけれども、その構成や任務もレジュメに書いた通りでございます。内閣府には4つの重要施策に関する会議が置かれております。最もメディアの露出度の高いのは、「経済財政諮問会議」でございますが、それ以外に「中央防災会議」、それから「総合科学技術会議」が置かれており、さらに「男女共同参画会議」が置かれております。

ほかの会議は、監視、モニタリングやあるいは影響調査といった権限・任務を与えられておりません。この「男女共同参画会議」だけが、施策の実施状況をモニターし、かつ「基本計画」に書かれていないようなあらゆる施策が、潜在的に男女共同参画のあり方に対して及ぼす影響を調査する、こういう権限と任務を与えられております。

「会議」の下には4つの専門調査会が設けられております。一番多いときは5つで、「仕事と子育ての両立支援策に関する」というものが設置されていましたが、昨年6月に報告書を出して任務を終了しました。この報告書に基づいて、小泉内閣は昨年6月、「保育所待機児童ゼロ作戦」を目玉とする、「骨太の方針」を打ち出したことは、ご承知の通りです。

私のしている仕事として紹介されました、「影響調査専門調査会」会長というのは、この専門調査会である「影響調査」ということで、現在、官房長官の指示の下に税制、社会保障制度、それから雇用システムにおける性別による偏りといったことを調査・審議しています。4月に中間報告を出しましたが、その中では、たとえば配偶者控除や配偶者特別控除、あるいは基礎年金の第3号被保険者といった制度を、男女共同参画の観点から見直すということを提言しております。それを受けて、後でちょっとご紹介しますが、政府の税制調査会などでも、配偶者に関する税制の見直しの動きがはっきりしてきています。

5.男女共同参画社会基本法制定後の動き

基本法はこのような内容を持っておりますが、制定後、一体どういう動きがあったかということでございます。政府、審議会の動きですが、名取さんのお話にありましたように、「男女共同参画基本計画」が閣議決定されました。これは、96年12月に作られた「男女共同参画2000年プラン」に比べて内容的にはどうなのかと言いますと、さほど大きな踏み込んだ新しさというのは、率直に言ってこの「基本計画」にはございません。一番踏み込んでいるなと思われるのは、「国際協力」のところです。しかしながら、閣議決定であることの重みというのは格段です。それに基づいて着々とと言いますか、粛々とと言いますか、各種の取り組みが進められております。

そして小泉内閣になりまして、改革の動きはさらに明確になり、経済財政運営と構造改革の基本を示すいわゆる「骨太方針」、昨年6月ですが、それから続いて今年の6月に出された「骨太方針第二弾」の中に、「働く女性にやさしい社会」の構築、あるいは「男女共同参画社会の実現」ということが、明確に掲げられております。

そして、この「骨太方針第二弾」と並んで大きな位置を占める政府税制調査会の税制見直しの基本方針で、個人の選択に対して「中立的な税制」とするために、所得税の配偶者特別控除を廃止するという方針が決定されたところでございます。これについて私もいくつかの新聞で意見を表明したりもしておりますけれども、そのような動きになっております。あとは、2002年末の自民党の党税調の態度表明を待つばかりという段階です。

国や自治体レベルでの立法というのも相次ぎます。都道府県や市町、まだ村というのはございませんが、男女共同参画の促進に関する条例が続々と制定されております。そしてこの条例は、皆、似たり寄ったりのものを作るのかと思ったらそうではなく、かなり個性的な条例が続々登場しております。中には、ちょっと「男女共同参画社会基本法」の理念に反するのではないかというような条例も、地域によっては登場しているということがございます。

国会では、議員立法で「ストーカー規制法」ができ、また配偶者間の暴力に関する、いわゆる「DV法」が成立いたしました。

民法改正の動きですが、2001年8月に、5年ぶりの世論調査結果が公表されたところ、「夫婦が違う苗字を名乗れるように選んでもよいではないか」という意見が多数を占めました。特に、20代、30代のこれから結婚するという人の中では、こういった「選択を認めるべきだ」という意見がたいへん多くなっております。

そこで男女共同参画会議の基本問題専門調査会も、去年の10月に「中間まとめ」を出し、制度の早期の改革を強く要望すると表明しています。森山法務大臣は大変喜ばれまして、早ければ昨年の臨時国会に、遅くとも今年の通常国会には民法改正案を提出したいと意気込んでおられたのですが、これは自民党の部会の中で、大変厳しい対立があり、まだ国会に提出されるには至っておりません。

それから「積極的改善措置」、「基本法」は、ほとんど「積極的改善措置法」とお話がございました。その一つとして、意思決定過程に女性が参画することに目標を設定するケースが続々と出てまいりました。国立大学協会の2000年の声明、それから日本学術会議の方針決定がございましたし、そして人事院は昨年5月に「女性公務員の採用・登用の拡大に関する指針」を出しました。

民間企業については、厚生労働省に「女性の活躍推進協議会」というものが設けられています。この協議会の名称は最初「女性の活用推進協議会」となるはずだったようですが、有力なメンバーの経営者の方、ある会社の経営者の有力なご意見によって、“『活用』とは失礼ではないか。手段にしているようで失礼ではないか。『活躍』とすべきである”ということで、このような名前になったそうです。政府が設ける機関の名前が、一メンバーの意見で変わるということは前代未聞のことであると、先日も話題になっておりました。

ところで、人事院が出しました「指針」に従って、各府省は「女性職員の採用・登用拡大計画」を今年の1月までにすべて策定しまして、その概要が公表されています。その中身を小さい字で紹介しておりますけれども、今年の1月までに全府省と31の政府機関が計画を策定しております。

各省の計画には5つの要素があり、第1に現状把握と分析、第2に採用の拡大の目標設定と具体的取組、3番目に登用の拡大に関する目標設定と具体的取組、4番目に勤務環境の整備、5番目推進体制といったものが盛り込まれております。

計画において数値目標を設定した府省、政府機関は、採用については6機関、登用については5機関ということで、数値目標というのは、そんなにたくさんの省庁・政府機関が設定できたわけではございません。ただ、その他の府省や機関も、過去何年間の通算割合を上回るように努めるとか、 試験合格者の割合を採用者の割合が上回るように努めるなどの具体的な目標を設定しています。そして文部科学省の計画では、平成17年度には13年度と比較して、採用者および昇任・昇格者に占める女性の割合を、2割程度以上増加させることなどを目標とし、本省では大臣官房人事課長、それから国立学校等では人事担当課長を推進担当者とする。このような体制がとられております。

それから学術の分野でございますが、これは名取さんが学術会議の学術部長でいらっしゃった時に、文部科学省の研究費、科学研究費補助金に時限付き分科細目としてジェンダーが初めて採択されました。これによって、従来は横断的な研究であるか、従来の学問研究の枠組みにうまくあてはまらないと見なされたために、科研費を得ることができなかった多くの研究者が、この分科細目の設定によって、初めて科研費をとったという人がたくさん出たわけでございます。そして、時限付きというのは通常3年でございますけども、初年度180件以上、次年度160件以上とたくさんの申請があったために、3年の時限の終了を待たずに、この秋からはですね、新領域複合として恒久化されることがすでに決まっております。

時限付きと恒久の違いはですね、1件当たりで申請できるお金の額が桁が違います。時限付きでしたら1件当たり500万円まででございますが、恒久化されれば、ご承知のように、基盤Sというようなことにもなれば5000万円まで申請ができるわけでございまして、これは一つの細目の設定ではありますけども、学界において何が研究に値する事柄であるかということについて、ジェンダーというアプローチ、あるいはジェンターを研究対象とする研究が、いわば公認をされたことを示しております。ここにおいでの皆様も、「ああ、そうか」ということで、早速ジェンダーに申請を出していただければ、申請件数に応じて予算が増えるということになっておりますので。というのは採択率は25%程度ということになっておりますから、申請が増えれば、やはり予算も増やさないといけないということになるわけでございます。

それからですね、現在の第18期学術会議ではジェンダー問題の多角的検討特別委員会が設けられ、学術の多くの領域をジェンダーの視点から見直すという作業が続けられております。『学術の動向』等をご覧になれば、その成果といいますか経過の一端が公表されております。

大学での男女共同参画推進の提言等ですけれども、この点では東北大学と名古屋大学が先陣を争いあっているということなのかと思います。東北大学から頂いた文書の日付が1月というふうに、ちょっと早かったので、レジュメでは名古屋大学よりも東北大が先に出ておりますが、ほとんど同時にお出しになりました。東大も負けてはならじということで、今年の3月にワーキンググループ報告書というものを提出したところです。

東大では来年夏までに男女共同参画基本計画を策定する予定です。学内に評議会プラスアルファの会議として東京大学21世紀学術経営戦略会議という会議が設けられております。通称「UT21会議」と言っていますが、UT21会議のもとに副学長を委員長とする「男女共同参画推進委員会」を設置し、さらにこの委員会の下に「計画策定専門委員会」が設置されて、私がその座長として一生懸命働いているところです。先ほど名取さんが、コンサルに頼めばきれいな計画はあっという間にできてしまうと、おっしゃいました。私の感触でも、上からきれいな計画を書くというのは難しいことではなく、すぐできます。しかし、それでは実効性が伴いませんから、ボトムアップ方式と称しまして、すべての部局長にアンケート、それからヒヤリングとして、専門部会の委員が複数または単独で、すべての部局に直接お話を聞きに出かける、それから学生・院生からも意見を公募して公聴会を開く等々の、ボトムアップ式の方法による基本計画作成を現在推進しているところでございます。

学会での取り組みですけども、私は多数の事例を調べたわけではないですが、一つ目立ちますのは国際理論応用物理学会(IUパップ)が、今年の3月にパリで「物理学と女性」という国際カンファレンスを開催しました。これを受けて日本でも応用物理学会、日本化学会、日本物理学会共催で、男女共同参画についての学協会連絡会などが開催されており、また10月にも大きな催しがあるようでございます。

このように基本法制定後、閣議決定という重みもあって、各分野で着々と取り組みが進んでおります。これに対しては当然とまどいもありますし、抵抗勢力と言ったらいいんでしょうか、様々な声が出ておりまして、ある月刊誌や、ある日刊紙などでこの頃頻繁に男女共同参画に対する批判の言説というのが掲載されております。私は何で目を付けられたのかわかりませんが、「悪の枢軸」とか、いろいろと非難されています。「連合赤軍」と同じだとか、文化大革命をやろうとしている「文革派」だという言い方もされました。ナチスと同じというのもあります。多少なりとも西欧史を学んだ者として、どういうわけでナチスとフェミニズムが同じなのか全く理解できませんが、「フェミナチ」という言葉も使われているわけです。
少し理屈があるものでは、男女共同参画というのは家族を解体するものであるとか、専業主婦や育児の重要性をおとしめるものであるといった言説が展開されております。

それについてどう考えるか。今まで申し上げたことの確認にもなります。この方々は、男女共同参画は男女を同質化するものだとおっしゃいます。ある自治体の女性センターが作ったチラシに、カタツムリは雌雄同体で、雄の気持ちも雌の気持ちも居ながらにしてわかるなら羨ましいような、というイラストと吹き出しがついていたらしいのです。するととたんに、フェミニストが理想とする人間像はカタツムリだというビラが作られたりします。しかし、同質化というのは全く逆です。性別に縛られないことによって一人ひとりの個性が輝く、そういう社会をめざしているわけです。
じつはこれらの人々は、選択的夫婦別姓、つまり、夫婦の双方が望むなら2人とも結婚前の苗字を名乗り続けることを選べるようにする、それもいけないと言っている人たちです。彼らがが、同質化云々と言って男女共同参画を攻撃するのは、全く笑止千万ですが、様々なこじつけがなされているわけでございます。

それから、“男は男らしく、女は女らしく”ということを否定する輩で、けしからんという批判も最近盛んに言われています。しかし、男女共同参画社会で、男らしい人は男らしく、女らしい人は女らしくでちっとも構わない。同時に、男らしい女がいても、女らしい男がいても全然構わないわけです。誰もがその人らしく、自分らしくということを目指してるわけでございます。各人が全方位で柔軟に個性と能力を伸ばすことによって、その人らしさ、自分らしさというものが発揮される。
日本の20世紀の後半では、右肩上がりの一本調子、それからかなり画一的な構成員からなる組織が、ある意味では強みを発揮した時期があった。しかし、今は全く状況が変わりました。全方位で柔軟で多様性を持った組織だけが、生き残れる、そういう時代になってきたと思います。

次に、こんなに景気が悪くて財政も困難な時期に、男女共同参画など進める余裕はない。これもしばしば耳にすることでございます。私は経済学部の出身ですので、これには断然反論したくなるわけです。この間の様々な政府の審議会の議論、あるいは研究・調査の結果から、固定的な性別分業が少子高齢化の重要な要因であることには疑いの余地がありません。不景気については、特に最近は消費不況という局面がはっきりしてきましたが、固定的な性別分業はその原因となっている部分があると思われます。

消費不況という局面が非常にはっきりするようになったのは98年以降です。それまでは景気が悪くて失業も高まっているから消費も伸び悩んでいると、消費不振はその結果みたいな議論でした。最近の局面では、消費不振がむしろ不景気を引き伸ばしている、あるいは深めている。消費不振が経済停滞の原因だという議論が有力になっているわけです。バブル崩壊以降、所得はほとんど伸びていない。にもかかわらず、家計の金融資産残高というのは90年代の10年間で400兆円以上増えているわけでございます。また勤労者世帯の平均の貯蓄残高を見ても、90年代の10年間で300万円以上増えている。それから収入に対する貯蓄の比率は、90年代の初めには150%程度だったものが、現在では176%に達している。所得が伸びないのに貯蓄をしていることが明らかなわけでございます。また、その貯蓄されたお金が投資には回らない状況でございます。

この原因を考えてみる時に、国際比較による特徴として、日本の家計の構造が、男性世帯主の勤務先収入に対する実収入の依存度が高いということが注目されます。平均の依存度が80%以上です。家計の収入の80%以上が世帯主勤務先収入に依存しており、諸外国と比べて高い依存率です。諸外国はどのように収入が分散しているかといいますと、ひとつは配偶者勤務先収入がそこそこある。もう一つは社会保障給付による収入、現役の世帯であっても存在する。実質的な児童手当や雇用促進給付といった失業対策的な給付があることによって、現役の世帯でも社会保障給付が収入のかなりのウエイトを占める。日本は65歳までは、勤労者家計の収入にとって社会保障給付というのは全くないに等しい状態でます。日本の家計収入は世帯主の勤務先収入に一極依存しているのです。

では韓国や台湾などの家計構造と比べるとどうなのか。韓国や台湾では配偶者収入もそこそこありますが、仕送りとか贈り物が結構なウエイトを占めている。核家族というよりは、拡大家族の中での家計の支え合いが注目されるわけです。日本はそういうものもほとんどないなかで、男性世帯主の勤務先収入に一極依存しております。これは不景気や雇用不安というものに大変脆い家計の構造である。リスクをとるどころか、防戦一方の家計運営の原因になってしまう原因の一つがここにあります。

もう一つは晩婚化不況ということが言われています。結婚の数が増えて新所帯が営まれるようになると、不動産から始まって耐久消費財が購入されるわけですから、結婚の数が少ないことが消費不振に一役買っています。もちろん、人口自体が減少局面に入ってきていることの影響も見逃せません。

そこで、晩婚化はどこから起こってきているか。すでに97年の時点で、つまり前々回の国勢調査で合計特殊出生率や人口将来見通しが非常に暗いことが明らかになった時点で、人口問題審議会は審議を行ったわけです。その結論は、家庭では母親に子育て負担が集中し、職場は会社優先、男性中心になっている、それが若い人々にとって結婚の敷居を高めている、と。女性の側からみれば、今若い世代で男女の賃金格差や雇用機会の格差というのはかなり小さくなってきています。しかし、一旦結婚しますと、特に育児というものに直面したときに、育児の負担が自分に一極集中してしまう。そして、男性中心、会社中心の職場のスタイルがなかなか変わらないという時に、若い女性はここで結婚して大丈夫かと迷うわけです。

男性の側もお気の毒です。男は妻子を養わないといけないという暗黙の締め付けがある。しかしこの節、給料はなかなか上がらないですから、もう少し給料が上がってから結婚しようと思っているうちに45歳くらいになってしまう。現在、40代の前半でも男性の未婚率は2割近いわけです。男が妻子を養うべきという暗黙の規範は、1930年代の後半に生まれた人、現在60代の後半にさしかかった世代にとっては、かなりリアリティのあることだったと思います。同時出生集団ごとに、20代の前半時の賃金を100として、年齢をへてどういうふうに賃金が上がっていったかというグラフをとります。こういうものを年齢別賃金プロフィールと申しますが、物価上昇率をきちんと割り引いて実質賃金で見て、この1930代後半生まれの男性というのは、大変鋭い山型の賃金プロフィールを持っておりまして、50代の前半という最も賃金が高い時点では、20代の前半に自分がもらっていた給料の5.5倍以上になったわけでございます。

ところが40年代前半生まれ、つまり戦中生まれ、それから戦後団塊世代というふうに、山がどんどん寝てきまして、かわいそうな私の世代などは、40代になっても20代前半の給料の2倍くらいにしか実質にならない。これでいったいどうやって妻を専業主婦で養い、それから子どもを大学まで出すだろうか。
男女共同参画というと、年輩の男性は、男の甲斐性がなくなって情けないことだとおっしゃるんですが、この方々が高い山型の賃金プロフィールをエンジョイすることができたのは、高度成長と末広がりの人口構成のおかげ。つまり、部下がどんどん入社してきて、低賃金でバリバリ働いてくれたから、自分は管理職になれて昇給できた。こういうことをすっかり忘れて、最近の男は甲斐性がないなんて言ったら、下の世代は立つ瀬がありません。

少子高齢化の影響も大きいです。いわゆる現役世代と引退世代の人口比において、現役世代の比率が低くなっていくわけですから、収入から税金と社会保険料でとられる分が非常に大きくなってまいります。将来は、税込みに対して手取りは6割か5割くらいしかないかもしれない。しかし、だからといってあわてて子どもを産んでも、もう遅いのであります。子どもは最低25年くらいは税金も社会保険料も払いません。支え手を増やすというのは、今働ける大人の年齢にある人たちの中で、働いて稼いで税金や社会保険料を払う人を増やすと、これ以外に方法はないわけでございます。

そこで日本の年齢別労働力率のグラフを見ますと、もう男性はめいっぱい働いています。男性の60代くらいの就業率をもっと高めるということが、支え手を増やす方策としてしばしば提案されるわけですけども、日本の男性は諸外国と比べれば、60代になってもだまだま働きすぎていて、これ以上男性の働きに期待するのは難しい。反面、女性の労働力率のグラフは、名取さんの資料にもございますように、他の国が逆U字型になっているのに日本だけは真ん中が切れ込んだM字型になっている。このM字型のところを底上げする。それが、税金や社会保険料を払って引退世代を支える支え手を増やすうえで、最も現実的な、そしてこれ以外にはないと思われる解決策であります。

そのような意味で支え手を増やすことが、高齢化の影響に対処する鍵であるといえると思います。すると、男女共同参画するともっと少子化してしまうという懸念の声が聞こえてきます。一般の方も漠然とそう思っていらっしゃるかもしれない。しかし、政府の審議会などの委員をしている有識者といわれる方の中にも、こういうお考え・印象を持っている方はまだまだいらっしゃる。しかし、事実は、25歳から34歳の女性の労働力率が高い国の方が、出生率が高い。それは名取さんの資料の中にも示されているとおりです。
その後、日本国内での県別分析もいたしました。すると30代の女性の労働力率が高い県で出生率も高いという、これまた右上がりの相関がはっきり出てきました。

それにしても、働きに出ればいいと言うものではないですね。やはり職場での男女共同参画、機会均等ということが大事なのです。なぜならば、先進国をとってみますと、男女の賃金格差が小さい国ほど出生率も高いという相関もあるからです。この相関関係は一次直線の相関関係ではなくて、曲線の相関関係になっています。世界の60カ国くらい、途上国といわれている国も含めて相関とってみますと、途上国の方では、男女賃金格差が大きくて子どもがたくさん産まれている国はあります。しかし、ある程度経済発展した国はすべて、曲線が下がってボトムから上に行く方に位置しています。そこで、先進国では男女の賃金格差が小さい国ほど出生率も高いとレジュメに書きました。


ところで最近の研究報告によれば、実際に産み育てた子どもの数は、働いている母親が1.98人、専業主婦である母親が1.91人と、働いている母親の方が僅かながら多いとのことです。従来、専業主婦と働いている女性で、産む子どもの数で大差はないと言われてきましたが、最近の調査結果では、働いている母親の方が、産み育てた子どもの数がわずかでも多いことが分かったのです。そうしたきちんとした事実認識にもとづいて、男女共同参画が必要であり、かつ望ましいという点を、主張していく必要があろうかと思います。

少し学術の話から外れてきましたが、結論は、日本社会を覆う不安を解消するうえで、それから安心から挑戦へとポイント切り換えをするうえでも、男女共同参画が鍵となるという点にございます。最後に、まだ少し時間がございますので、一言、補足をさせていただきます。

経済学や政治学の基礎理論の一つでゲーム理論というのがございますよね。これは一般の方にお話ししますと、学者は遊んでいるのかとも言われますが、そういう側面ももしかするとあるかもしれません。そのゲーム理論で、物事を交渉するについて、強い交渉力というのは一体何を基盤にするかという点がございます。結局、交渉が決裂したときに何を持っているか、そのことをブレイクアップ・ポイント、交渉決裂点とか、あるいはフォールバック・ポジション、何はなくてもそこに依存できる点、位置というふうに言うわけです。このフォールバック・ポジションにおいて有利な人は、交渉にも強いということになります。雇用者の家計を考えたときに、フォールバック・ポジションが高ければ、つまり夫が会社をしくじってくびになっても妻の収入が実質的にあるというフォールバック・ポジションがあれば、夫の会社における交渉力が強くなるわけでございます。

もちろん、リストラされたり会社が潰れてしまったときに、もう一つ収入口があれば心強い、これは常識なんですが、会社は潰れてしまわなくても、会社のなかで交渉力の強い社員になるということのためには、高いフォールバック・ポジションを持つ必要がある。そのことは家計の収入口の複数化、リスクシェアリングといいますか、リスクの分散によってもたらされる。では、強い交渉力を持った社員は会社にとっては厄介なのかというと、むしろ望ましい。やはり、社員がノーと言うべきところにノーと言わないと、結局は会社が潰れるという例を、我々はこの2年くらいの間にたくさん見てきたわけです。遵法、ロー・コンプライアンスと言ってもいいですが、不正なことや不祥事に対して日本の企業でなぜ歯止めがなかなか効かないのか、ということも考えてみる必要があるかと思います。

ひるがえって、高等教育や研究を行う機関では、構成員が多様であるような組織こそが、今までになかったような新しい発想を柔軟に生かして、本当にクリエイティブな研究をしていくことができ、なおかつ、これからは確実に多様になっていく学生や院生に対して、フレンドリーな教育を提供していけるのではないかというふうに考えます。どうもありがとうございました。